Dharma-based Person-centered Approach

仏教への心理学的アプローチの重要性と課題



いまわが国において、なぜ仏教への心理学的アプローチが重要になってきているのであろうか。仏教徒であると同時に、仏教の学問的研究にも心を寄せるひとりとして所見の一端を述べたい。


その前提として、まず、仏教および心理学にかかわってきた私自身の個人的経験を手短に話すことから始めよう。

 ほとんど時を同じくして敗戦と父の急死に遭った私は、戦後生活を始めるにあたって、いただいた命は真実を求め真実に生きること以外にはないと思いさだめた。具体的には、大乗仏教の本質研究をこころざして、大学ではためらわずに仏教学を専攻。

 20歳半ばにして浄土真宗の回心を体験、親鸞の「本願力にありぬれば、むなしくすぐるひとぞなき」という広大な世界を恵まれる。この消滅しない感動を呼び起こし相続させる力とはなにか。その秘密、甚深の不可思議性を解明する仏教学の重要性をあらためて痛感する。

 しかし残念ながら現代日本の仏教学は、方法論的に、宗派的教理の研究か文献学的、歴史学的研究が主流である。私が志向しているのは「生きている仏教」「実践・体験としての仏教」の研究、いわば「実践仏教学」なので、やむなく仏教学以外の実践・体験志向の学問分野ーとくに心理学ーを模索することとなる。たとえば宗教心理学、深層心理学、人格的心理学、臨床心理学等。さらに教育学、社会福祉学。いずれからも多くの示唆を与えられながら満ち足りずにきて、今のところ、人間性心理学とトランスパーソナル心理学とが交錯するあたりに、関心の焦点をあてている。仏教の立場から、こころ、人間性、トランスパーソナル、スピリチュアリティ、実践、体験等の意味を問い続けているといったところであろうか。そんなわけで、本学会に寄せる期待は大きい。

 現在、日本の仏教と仏教研究がかかえる最も深刻な問題は、「転迷開悟」「抜苦与楽」という明確な実践目標をかかげる仏教が、その目標を現代社会において現実化するための具体的方法を見失っていることであろう。教・行・証の内実が観念化し、空洞化していることである。伝統教団を中心とする仏教界は、仏教の本質を逸脱した遺習の保存に明け暮れて行(実践)と証(体験)を忘れ、仏教学という名の仏教への学問的アプローチは、行・証を欠いた教の文言詮索に明け暮れている、というのは言い過ぎであろうか。

 この間隙から、霊性的渇望の癒しを求めてやまないひとたちと、彼らに焦点を合わせた多様な新宗教がつぎつぎ現れてきていると見るのは偏見であろうか。このあたりの現象をどう見るかも当学会の重要課題であろう。

 目を米国に転じると、ここ半世紀の間に、深い心の飢えや渇きを満たしたいという人びとがみちあふれ、これに応えようとする形で心理学、心理療法を急速に発展させてきた。独断や偏見にとらわれないプラグマティックな精神で、東洋思想や仏教の行法からも実践的、体験的に多くのものを摂取して、いわゆる心理学の第3、第4潮流を創出させつつある。わが国の仏教界も心理学界もそのプロセスや成果から学ぶべきことはあまりにも多い。さらに積極的には、学び取るばかりでなく、日本から国際的に発信し貢献できるものを創造するほとに意欲的でありたい。

 そういう自覚と使命感を心底に秘めて、仏教へ心理学的にアプローチしようとするときに考えられる諸問題については、シンポジウムの席で時間の許す限りできるかぎり具体的に聞いていただくつもりである。

日本トランスパーソナル心理学/精神医学会 第3回学術大会 特別講演Ⅰ(発表抄録)より

よびかけ


「仏教は心理療法の体系である」ということから、このワークショップは、「人」と「自己」と「法」との新たな“であい”を求めて企画するものです。

転迷開悟・抜苦与楽を実践課題とする仏教の流れのひとつ、とりわけこの日本で鎌倉時代に開花した大乗仏教の至極が、法然・親鸞のうえに顕わになった「念仏の法」です。

この言葉を超えた世界から、言葉によって生きる「今、ここの、この私」に「呼びかけてくる法」を「聞く」ことによって目覚め、ひるがえることのできる「深い世界」をいっしょに感じてみませんか。

日本トランスパーソナル心理学/精神医学会 第4回学術大会 より

西光義敞先生プロフィール


g.saiko.jpg1925年、浄土真宗本願寺派の山村寺院住職の長男として生まれる。大学教授を兼ねながら、宗教家として誠実に生きる父を敬愛。暗黙のうちにその生き方を継承しようと思い定めつつ成人する。また晩年の父が研究に打ち込んでいた聖徳太子の思想と業績から受けた影響は大きい。

 敗戦と父の死を機縁として、太子のご持言「世間虚仮 唯仏是真」がいわば私の公案となり、その真意を身をもって体験することが、青年期の全生活を貫く実存的課題となる。

 大学では大乗仏教の「真実」を求めて仏教学を専攻する。それと同時に、禅と念仏の世界に惹かれていく。研究職をめざしつつ教職についたが結核で倒れ、その療養中、親鸞に導かれて信心開発。「唯仏是真」の公案は解けた。それ以来、主観的な表現になるが、仏教者としての実践と実践仏教学の研究にこころがけながら、1994年、龍谷大学教授(社会福祉学)を最後に50年にわたる教育職、研究職を専任職としては定年退職。

  • 1961年、有志と「真宗カウンセリング研究会」を結成、初代会長。
  • 全日本カウンセリング協議会理事。
  • 日本トランスパーソナル心理学/精神医学会顧問。
  • 日本トランスパーソナル心理学会顧問。
  • 浄土真宗本願寺派万行寺住職。
  •  1977年カリフォルニア大学(バークレイ)留学。
  • 1999年日本文化振興会より社会文化功労賞を受賞。
  • 2004年3月往生。

LinkIcon西光義敞先生年表(PDF 152K)